西門跡と番所

西門跡と番所周辺地図

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西門は三の丸西側の門で、枡形をともなう多門櫓でした。門の南側には櫓の石垣(櫓台)が築かれましたが櫓自体は建てられなかったようで、初期の絵図にも櫓台のみが描かれています。

門は明治初期に取り壊されましたが、古写真があり、おおよその形状はわかっています。また、門の石垣は壊されたものの枡形の櫓台周囲の石垣は残され、現在はJR福塩線の高架下に保存されています。

1984年(昭和59年)の広島県立歴史博物館建設に伴う発掘調査により門周囲の石垣や付随する番所の礎石が検出されました。番所の跡は博物館建設のため破壊されましたが、博物館南側に番所の形状を模した貯水槽が設置されました。